大正10年に、ここ富山県富山市に宮大工として長年従事していた祖父が独り立ちをし、戦後の荒れ果てた地に一般住宅の需要に向け住宅建設に乗り出しました。父もまた建築一本で、数寄屋を得意とした独自のデザインを確立いたしました。若い私は色々な世界をこの目で見てみたいという思いからアメリカに渡りました。
アメリカでは当初、航空業の世界へ情熱を向けていましたが、やはりどこか心の片隅に建築への思いを抱いていました。そんな中でアメリカと日本の生活で大きな差を感じたのは居住環境でした。空間の使い方や狭い敷地でも狭く感じさせない居住空間、快適さを追求した空調技術、家族が自然に集まれるような間取りや、温かみを感じさせるデザイン、適用適所に配置された収納など、日本の住宅事情とは全く違うものでした。
日本にもこんな豊かな居住空間を持つお家が増えたら、きっと住まい手がもっと誇りを持ち、幸せに暮らせる。という夢を持ち、その後、建築の道へ進みました。
幼いころに祖父と一緒に作った小さな宮大工仕込みの椅子。小さな子供の椅子にも手を抜かず、使い心地を追求しながら精魂込めて黙々と仕上げていく祖父の横顔、そして一切妥協のない数寄屋造りへの父の情熱を今でもたまに思い出します。家族を一生包み込み守りうる「住まい手が誇りを持ち、幸せになる家」をつくることが私の原動力で、使命だと感じています。
ご家族が永く愛着を持って居住できるお家にするために「本物であること」にこだわり、建築士と職人が情熱をかけて作り上げることが、何よりも大切だと私は考えています。
代表取締役 松井一成